のらりくらり、ブログ

日々の思いをゆるゆると。マジメときどきバカ。雑記、ネタ、本の紹介。

IT業界以外の人に「実装する」をわかりやすく説明してみる

IT業界の人だけが使う言葉として「実装する」という言葉がある。

どうも、この言葉の意味がIT業界以外の人にわかりにくいらしい。

そこで、IT業界以外の人にも「実装する」という言葉の意味を理解しやすいように説明したいと思う。

たとえば、

kuma-no-kara-age.hatenablog.com

でエンジニアの彼氏を持つ、からあげさん (id:kuma-no-kara-age) という方が実装の意味がわからず、辞書で調べている。

じっそう
【実装】
《名・ス他》装置や機器の構成要素となるものを、すぐにも使えるように組み込むこと。「三七ミリ砲を―した爆撃機

 

じっそう【実装】

コンピューターのハードウェアやソフトウェアに新たな部品や機能を組み込んで使えるようにすること。◇「インプリメント」「インプリメンテーション」ともいう。

 
からあげさんが調べた辞書によるとこう書かれているらしい。

そして、からあげさんがまとめたところによると、

・「実装」はなんらかの仕組みに、新しい機能を追加する作業である
・ささみくんの場合それは「コーディング」であるため、「実装」=「コーディング」と思って問題ない。
・仕組みを作る「開発」には「実装」の他に「設計」という工程が存在する

 
と結論づけられている。

もちろん、この結論は間違ってはいない。

しかし、IT業界の人間からすると、この結論だと「実装する」という言葉の意味の半分くらいしか説明できていない。

「実装」=「コーディング」だけではないのだ。

「実装」はもっと魅力的なものである。

そこで、誰でもわかるように実装の意味を説明してみたい。

実装の意味を理解することでからあげさんとその彼氏のささみさんも、きっと、より幸せな生活が送れるだろう。


実装するとはどういうことか

まず、実装するということを説明していきたいのだが、IT業界の人間の悪いところは、言葉の意味をIT用語で説明しようとしてしまうところだ。

たとえば、コンピューターのハードウェアやソフトウェアに新たな部品や機能を組み込んで使えるようにすること。◇「インプリメント」「インプリメンテーション」ともいう。

 
こんな説明になってしまう。

コンピューターやハードウェアやソフトウェアというくらいの言葉なら知っている人も多いと思うが、IT用語がわからない人からすると、説明文にでてきたわからない言葉をまた調べ直さなければいけなくなり、またその言葉の説明にもIT用語が使われているため、結局調べても調べてもよくわからないということがよく起きる。「インプリメント」とか「インプリメンテーション」と言ってもそもそも日常的に使う言葉でないのでさっぱりわけがわからないのだ。

そこで、誰にでもわかりやすく理解してもらうために、日常生活の中で「実装された」らどうなるのか、わかりやすい例えを用いながら、説明していきたい。

ラーメン屋さんで実装された場合


普通は、ラーメン屋さんで注文した場合、こんな感じになる。

「すいません、チャーシュー麺と餃子、ビールください。」

これが、普通である。退屈な日々を送るサラリーマンが、今日も仕事が終わって、家に帰る前に一杯やって帰るか、という感じである。

これを実装してみるとこんな感じになる。


「すいません、チャーシュー麺と餃子、ビール、実装してください。」


どうだろうか。

チャーシュー麺と餃子、ビールを注文したことに変わりはない。

しかし、とたんに、すべてのプロセスが輝いて見えてこないだろうか。


「あ、さっきのチャーシュー麺、麺固めで実装してください。」


プロしかいえない一言である。

 

同じ、注文でも、「俺、よくわかってる感」がよく出る。あるいは「おれ、業界の人なんだけど、さりげなくしかいわないからあとはよろしくね感」も同時に感じられる。

「実装する」というだけで、麺を茹でる。餃子を焼く。ビールをコップに注ぐというすべてのプロセスがとたんにキラキラと見違えるように輝いてくるのだ。この筋50年の職人芸を極めた感じ、というのがよく出るのである。

そして、注文しているほうのサラリーマンにも、同じ注文にもかかわらず、まるで、経験10年を超えるベテラン発注者のような余裕と貫禄である。

「実装する」という一言をつけるだけで、小麦を植え、稲刈りをし、小麦をこね、麺を茹でる。あるいは、餃子の皮を並べ、具を包み、鍋に油を注ぎ焼く。コップを取り出し、ビールをトクトクと注ぐ。この行為全体があたかも大規模サーバーとデータベースをバックボーンとしたグローバルネットワーク社会のトータルソリューションの一部として行われているように聞こえてこないだろうか。

単なるラーメン屋での注文が「実装する」だけで、一気にFacebookも顔負けの

グローバルビジネスに変化するのである。


あるいは、美容院でも実装してみる


美容院で実装された場合


普通は、美容院でオーダーを伝える場合、こんな感じになる。

「すいません、全体的にナチュラルな感じで。サイドはボリューム出ないようにすいて、耳の上は、耳に少しかかるくらいの長さにしてください。」

これを実装してみるとこんな感じになる。


「すいません、今日は、お兄さんの好きなように実装してください。」


どうだろうか。

これは、すごいことになる。

 

無限の自由である


まさか、美容院のお兄さんも、ここで実装することになるとは思わなかっただろう。

しかも生まれて初めての実装である。

あなたのほんの一言で、これまで何年も経験をつんできた美容師さんが思わぬ形で実装することになるのである。

「わかりました。今日は、お客様にあった形で実装させていただきます。」

美容師のお兄さんもかつてないほどの高揚感と緊張感をもって、また、これまでに見せたことのないクオリティでカットしてくれるだろう。己のテクニックを最大限に発揮してくれることは間違いない。

なにしろ、ただのカットではないのだ。実装である。

しかも、余計な仕様書などない。

自分の技術に全面的な信頼が寄せられた上での実装なのである。

こんな素晴らしい機会は大手SIer案件では考えられない。

お兄さんにとっても、日々、退屈な日々を送っている中で与えられた、まさかの自由度である。

奮発するしかない。

きっと、あなたにとっても、かつてないほど満足度の高い髪型にしてくれるだろう。



あるいは、コンビニでの実装もみてみたい。

コンビニで実装された場合


店員「いらっしゃいませ。のり弁当が1点、おにぎりが2点、ジュースが1点。合計936円ですね。

お客様、お買い求めのお弁当とおにぎりですが、実装しますか?」

なんと、ふだん、なにげなく通っているコンビニでも実装してもらえるのだ。


しかも、無料で実装してもらえるのだ。

実装が無料だなんてかつて聞いたことがない。

単価の下落が著しいと批判されているクラウドワークスでもこれは不可能である。

しかも、1分か2分待っているだけで実装が終わってしまうのである。

これこそ、日本のコンビニエンス産業が生み出したイノベーション

まさに、エクストリーム実装である。

いまは、お家騒動で揺れているかもしれないが、ここまでのスピードでの実装は日本を代表するクールジャパンの象徴として海外に誇ってもよいだろう。



あるいは、外資系企業の事例もみてみたい。

マクドナルドで実装された場合


店員「ハッピーセットひとつで460円になります。お客様、現在、キャンペーンで大変お買い得になっております。ご一緒にポテトの実装はいかがでしょうか?」

なんと、キャンペーンで、しかも、ついでに実装してもらえるのである。

しかも、大変、お買い得らしい。

さすが、世界的なフランチャイズチェーン店である。

なんだかんだ批判されているが、世界中に支店展開をしているだけある。

普通は丁寧なプロセスが必要なはずの実装が、「ご一緒に」してもらえるのである。

まさに、ハッピーセットである。

これでは、タランタンタンターン♪I'm loving'it!

と思わず声が出てしまうだろう。

マクドナルドも、今は、低迷しているが、業績もまたうなぎのぼりになること間違いない。



と、これまで、さまざまな業種での実装をみてきたが、実装は、もちろん、男女の恋愛でも活用できる。
特にからあげさんのように、彼氏がエンジニアの方ならより効果が高いことが予想できるので、堂々と活用していただきたい。



舞台は、夜のレストラン。高級フレンチで有名なレストランで、静かなクラシックを聴きながら、あなたは彼氏と一緒に座っている。


A男「今日は、いい夜にしたいんだ。楽しんでね。」

B子「A男さん、ありがとう。ステキなところね。こんな雰囲気のいいお店、わたし、はじめて」

A男「ここは、赤ワインがおいしいんだ。30年ものでね、、」

B子「わたし、赤ワイン大好き。A男さん、ほんとうにステキ」

A男「B子さん、ところで、ぼくたちの今後のことだけど、、」

B子「ねえ、A男さん!」

A男「え?なに」

B子「突然だけど、わたし、A男さんにお願いがあるの」

A男「お願い?」

B子「そう、お願い」

A男「…」

B子「A男さん、わたし、A男さんにはやく実装してほしいの!」

A男「え、そんな、、B子さん!」

B子「A男さん!わたし、いますぐ実装してほしくてしょうがないの!」

A男「え、、だって、B子さん、、、おれ、、、、まだ、、、設計もしてないよ、、、なのに、いますぐ実装だなんて、、、」

B子「A男さん!あなたはそこがダメなのよ。

設計なんていらないのよ。

そんな古臭いやり方、わたしもう耐えられない。設計なんていいの。今すぐ実装してほしいの!」

A男「、、、だ、だって、そんなこといっても、俺やったことないし。自信が持てないよ、、、」

B子「A男さん、もっとよく考えて!まずは設計なんて言っていたら、いつまでかかるのよ。わたし、もうかなり待ったわ。もう我慢できない。世界に置いていかれるわ。わたしは、ほんとうに、、、あなたに、毎日、毎日、コミットしてほしいのよ、、、」

A男「え、毎日、毎日、コミットだって、、、?」

B子「そう、毎日よ!いや、毎日じゃなくて数時間ごとよ。いや、むしろ、数分ごとよ。GITHUBが落ちてるとか、そんなのは言い訳だわ。とにかく
毎日毎日、烈火のごとく矢継ぎ早に高速でコミットし続けてほしいのよ!

そしたら、わたし、、、もう、、、」

A男「B子さん、き、きみって、お、思ったより大胆なんだね、、、で、でもわかった。おれ、なんだか勇気がでてきた、、おれ、やってみるよ」

B子「そう、大丈夫よ。私たちならうまくやれるわ。」

A男「でも、、毎日コミットして身体が持つかな、、、」

B子「A男さんなに、言ってるの!わたしたちなら大丈夫よ。わたし、うずうずしているの。毎日、毎日、アジャイルコミットしてほしいの。

コンパイルしてコミットしてほしいの。

あなたの名前空間をインクルードしてエンティティ

グローバルスコープで戻り値を正規表現にしてほしいの。

あなたの文字列を引数でプレフィックススーパークラスになったら

わたしもう、、、ああ、わたし、、、興奮してきたわ。

あなたのユビキタスをわたしのガベージコレクション

コンポーネントするのよ。

そして、サブクラスをローカル変数で、、だめ、、、わたしもう気を失いそう、、、」

A男「び、B子さん。おれ、がんばるよ!

毎日、毎日、とめどなくコミットするよ!

そして、B子さんを幸せにするよ!」

B子「A男さん、、、ほんとうに大好き」

A男「B子さん、、、」

 

見つめ合う2人。


そして、2人は情熱的な抱擁とともに夜の帳に消えていきました。

 



といったように、男女の恋愛関係においても、実装を活用することは非常に役に立つのである。


あとは、2人がしっかりMake(メイク)することで

A男さんがちゃんとBuild(ビルド)すれば

幸せな家族生活が送れること間違いないのである。


以上の説明でおおよそ理解してもらえたと思うが、実装というのは、世間のひとが思っているより何倍もすばらしいことなのである。


こういったビジネス用語の早見表が世間に流通しているが、

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これに「実装する」というのも是非つけくわえたい。

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こんな感じである。



からあげさんを始め、IT業界以外の方は、ふだん生活をしていても、こういったわかりにくいIT用語が出てきて困ることもあるかもしれないが、明日から、日常生活の中でぜひ「実装する」ことをうまく活用しながら人生をエンジョイしていただきたい。



ゲームセンター×チョコレートプラネット(なんでやねん!)



ところで、「実装」については説明できるのだが、「冗長化」という言葉の意味が、いまいち、よくわからないので、この言葉の意味を理解しているIT業界の人はしっかりとIT業界以外の人にもわかるように「冗長化」を説明していただきたいと思う。

 

科学とアートの垣根を壊す21世紀の魔法使い【本の紹介003】『魔法の世紀』落合陽一

※ネタバレ注意

 

魔法の世紀

魔法の世紀

 

 
【概要】
科学者でありメディア・アーティストである落合陽一氏による21世紀の科学とアートのあり方を考える一冊。
20世紀が〈映像の世紀〉だったとすると21世紀は〈魔法の世紀〉であると提唱する落合氏が20世紀のメディア・アート・テクノロジーの歴史を紐解きながら、テクノロジーの進化とともに変容せざるを得ない3者の関係性に対する新たな視点を投げかける。科学者であることとアーティストであるということがそれほど遠いものではないと語る落合氏が見据えるこれからのメディア・アート・テクノロジーの関係。バーチャル・リアリティーの時代の幕開けとともに読まれるべき必読書。

【こんな人にオススメ】
クリエイター/デザイナー/エンジニア/アーティスト/コンピュータ・テクノロジーに興味がある人/学生の人/研究者・科学者になりたい人

【感想】

落合陽一氏については、新刊『これからの世界をつくる仲間たちへ』が出たばかりですが、話の流れから、今回は、『魔法の世紀』を紹介したいと思います。

『「ない仕事」の作り方』ではみうらじゅん氏のサブカルチャー分野での多岐にわたる活躍とその背景にある仕事術を、『コミュニティ難民のススメ』ではアサダワタル氏を中心とした<周縁>でジャンルの垣根を壊す人たちを紹介しました。

本書の著者である落合陽一氏もまた、「科学」と「アート」の境界線を曖昧にする活動を行っている方のひとりです。

落合氏は、20世紀をテレビや映画を中心とした視覚文化が世の中を動かした<映像の世紀>としており、それに対して21世紀は、コンピュータを中心とした〈魔法の世紀〉になるだろうと予測しています。著者があえて、古風なあるいは非科学的な印象の「魔法」という言葉を使っているのは、テクノロジーの進化によってもたらされる未来は、科学なのか魔法なのかわからないような形のものになるだろうという問題意識があるからです。そして、それは今後、バーチャルリアリティなどの技術の進化を可能にするコンピュータの力が原動力になるだろうと。

コンピュータの歴史を参照しながら、今後、バーチャル・リアリティの文脈で注目されていくであろうアイバン・サザランドの業績を再発見し、紹介しているくだりもとても面白いのですが、(※著者も書いている通り、アイバン・サザランドはこれまでメディア論、コンピュータ・テクノロジー、情報理論で取り上げられてきたアラン・ケイやダグラス・エンゲルバードやクロード・シャノンのようにあまり注目されてこなかった人物だと思います)本書で一番、面白いのは、落合陽一氏のアーティストとしての活動と科学者・研究者としての活動が交わる際に生じる問題意識について描かれている点です。

現代アートに詳しい方やアートの歴史を学んだ方なら言わずもがなかと思いますが、現代アートの世界というのは、落合氏が本書で「文脈のアート」と呼ぶように過去のアートの歴史を参照しながら、現代的な問題意識をなげかけるところにアート自体の付加価値が見出されてきた歴史があります。

少し本書をはなれて、あまり現代アートのことを知らない方のために簡単に解説してみます。

お笑い芸人の永野さんのギャグで

ピカソより普通にラッセンが好き、ゴッホより普通にラッセンが好き」というネタがあります。

これは、アートを知らない人間が直感的に「美しい」と感じる「美」より、抽象化された絵画が評価されている現状に対することに対しての「実はそう思っているけど口に出せない」という庶民としての本音を表現したことが面白く、また、きわめて批評的なネタだと思いますが、西洋アートの歴史を紐解いていくと、単純に自然や人物を模倣していた絵画の時代からどんどん抽象化が進んでいったという歴史があります。

かつて、世界そのものをキャンバスに擬似的に記録・再現するということに価値が見出されていた時代が、「写真」の発明とともに、擬似的に再現すること自体の意味がどんどん失われていくんですね。もちろん、いまでもスーパーリアリズムなど、あえて現実を限りなく模倣するアートというのは存在しますが、西洋アート全体としては、模倣するのでなく、抽象化するなかで新たな「美意識」を発見していくのです。

ピカソゴッホの絵画が評価されるのは、単に模倣し記録するということとは異なり、抽象化することで、画家の自意識や世界の捉え方が表現物の中に表現されていると判断し、またそれが何かしらの感動を人に与えうると判断されたからですね。

さらに、時代が進み20世紀に入ると、そもそも、何が美してくて何が美しくないのか、アートとはそもそも何なのかが問われる時代になります。

その中で、ただの便器を美術館に展示したマルセル・デュシャンの『泉』やピアノの前で何も演奏せずに観客のざわめきを音楽として表現するジョン・ケージの『4分33秒』などの作品が生まれてきます。

こうなってくると、前後のアートの文脈をしらない人には、なにがなんだかさっぱりわからないですよね。

なんで、ただの便器がアートなんだ。なんで、なにも演奏しないのが音楽なんだという反応が出てきて当然です。

ところが、アートの歴史を知っている人からすると、これは、そもそもアートとは何なのか、音楽とは何なのかを問い直させる、きわめて現代批評的な作品であるという評価になるわけです。

こうなってくると、もう大喜利大会のようになってきます。今までの文脈を踏まえて今までなされていなかったこと、普通に生きる人が当たり前と思っているような常識に問いを投げかける作品が評価される結果、アートはどんどんわかりづらいものになってくるわけです。

これが20世紀の西洋アート・現代アートの歴史ですね。

村上隆さんが自分の作品と現代アートの鑑賞の仕方を書いた本が面白かったので、また改めて紹介したいと思います。

話を元に戻しますと、落合陽一氏はそういった「文脈」に依存するアートに対して、より直感的に、人間の五感を揺さぶるアートを「原理のアート」と呼びその可能性について言及しています。(これは、つまりラッセンの絵を見た時に、うわ、なんか綺麗!いいかも、と感じる庶民の素朴な感覚をベースにした作品ということですね。まあ、ラッセンというのは私がさっきの話の流れから言っているだけで、落合氏がイメージするのは、人間の視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚を麻痺させたりすることで、これまでの現実世界で感じたことのない感覚を与えるようなメディア・アートを指しているのですが)

これは、「文脈」のアートというのが、西洋のギャラリーなどのアートシーンからテレビや新聞、雑誌を通じて、世界に発信されてきたことを前提に成り立っていたことが、インターネットの登場とともに成立しなくなってきた状況とリンクするのではないかと書かれています。

そうした状況下で、バーチャル・リアリティを中心としたテクノロジーの発達が、再度、「怖い」とか「楽しい」とか「気持ちいい」といった人間の感覚に直接訴えかける「原理のアート」の再建につながっていくのではないかと。

そして、面白いのは、そういった「原理のアート」を考える上では、その感覚を伝えるための新たな「装置の発明」が必要であり、それが、科学者でありながらアーティストであるという落合氏の活動につながっていきます。

つまり、これまでにない方法で人間の直感に訴えかけるためにはそのための「装置」が必要とされるが、そもそも、そういった装置は世の中に存在しないので、その装置を発明する、発明し新たな感覚を与えること自体がアーティストの役割となるというわけです。

科学者もアーティストも「世界とは何か」、「人間とは何か」という哲学的な問題意識を底に持ちながら活動している人が大半だと思いますが、一見、異なるように見える科学者としての活動とアーティストとしての活動がここでリンクし、非常にスリリングに新たなアーティスト像が提示されています。

そういう意味では、いま、まさにシリコンバレーで初めての個展を開催し世界中で注目されているチームラボの活動などはまさにこういった文脈から期待されているのでしょうね。(彼らはさらにそれを企業活動の中で実践しているということと、チームでクリエイティブを行っているということで3重にユニークですね)

そして、本書のさらにユニークな点は、落合陽一氏がさらに突っ込んだ問題意識を投げかけているところです。

人間の五感を刺激することによる「原理のアート」も結局、「人間」という制限された感覚器官を持つ動物の世界にとどまっているじゃないかと。氏はこれを「人間中心主義」と呼び、人間の感覚を超えた世界でアートが可能かどうかを実践の中で探ろうとしています。

もう、こうなってくると、SFの世界のようなものです。

人間の感覚を超越する表現物があったとしても人間は感覚できないわけですから、人間を超える人工知能にしか理解できないアートは存在しうるのか

というSFのような話になってきます。

SFのような話ですが、バーチャル・リアリティ時代の幕開けとされる2016年から急速な勢いで、こういった問いが身近になる世界が訪れようとしているのかもしれませんね。

学校の授業でも「理科」と「美術」は別のものとして扱われていますが、もうそんな時代じゃないのかもしれません。

新進気鋭、まだ28歳の落合陽一氏が切り開いた世界を後続の若い人たちが加速していくとさらにおもしろい世界がどんどん広がっていくと思います。

オススメ。

ジャンルの壁を壊すクリエイターたち【本の紹介002】『コミュニティ難民のススメ』アサダワタル

※ネタバレ注意

 

コミュニティ難民のススメ ― 表現と仕事のハザマにあること ―

コミュニティ難民のススメ ― 表現と仕事のハザマにあること ―

 

 
【概要】
日常編集家を名乗り、文筆業、音楽、プロデュース、講師業で活躍するアサダワタル氏。自らの活動が既存の肩書きやカテゴリーに収まらないことによりいつもコミュニティからの疎外感を感じ続けてきたというアサダ氏がコミュニティを越境し、活躍する様々な分野の第一人者の活動を紹介しながら、コミュニティから疎外される表現者にしかできないことを見つめ直し、あえてコミュニティ難民になることで可能となる創造的な世界を模索していく。複数のカテゴリーにまたがって活動することの意義。カテゴリーを超えるとはどういうことなのかを考える一冊。

【こんな人にオススメ】
クリエイター/プロデューサ/企画の仕事をしている人(したい人)/会社に所属しながら何かをしたい人/起業を考えている人/これから就職する人/NPOの活動に興味がある人/アートに関心がある人

【感想】

21世紀の仕事のあり方を考える上での必読書。

みうらじゅん氏の『「ない仕事」の作り方』で、サブカルチャーに関して多岐にわたる分野で活躍する、みうら氏の仕事術を紹介しましたが、そもそも仕事をするということはどういうことなのかを考えるうえで、とても面白く、またこれからの仕事のあり方を考える上で事例的にも哲学的観点からもとても刺激的なのが本書です。

著者のアサダワタル氏は関西を中心に様々な実験的な活動を通じて活躍するクリエイター(※とひとことで紹介したときに生じる誤解や偏見がまさに本書のテーマなのですが、ここでは総称してクリエイターと呼びます)の方なのですが、子供の頃、「将来の夢はなんですか?」という問いに答えるのがとても苦手だったと書かかれています。これは、将来の夢がないのではなく、将来の夢が特定の職業で回答されることに関して違和感を感じており、それがアサダ氏の、一つの職業や仕事に特定されない活動につながっていきます。

そして、アサダ氏の、そうした姿勢は、一つの職業や仕事で形成されるコミュニティから疎外され、常に「結局、何がしたいんですか?」「結局、何屋さんなんですか?」と問われ続けるアイデンティティのゆらぎをつきつけらることになります。

しかし、アサダ氏はそうしたコミュニティの周縁(本書ではコミュニティを「島」、コミュニティの周縁を「岸辺」と表現されています。)から他のコミュニティを眺めることで自分と同じように他のコミュニティからも疎外されたポジションで仕事をしている人を見つけ、そうした人たちとのネットワークを築き、議論を重ねることでコミュニティの周縁で仕事をすることの意義を摸索していきます。

銀行に所属しながら銀行の枠におさまらない活動をする藤原明(ふじわらあきら)氏、家を建てない建築家、いしまるあきこ氏、クラブDJの経験をバックボーンに親から継いだホテルをプロジェクトの実験場にしてホテルの概念を再構築していく高村直喜(たかむらなおき)氏、人間が仕事に合わせるのでなく、仕事を人間に合わせるための活動をする梅山晃佑(うめやまこうすけ)氏、一人ひとりの人がそのままの生を表し合う環境を生み出すことに創造性をつぎこむ鈴木一朗太(すずきいちろうた)氏、デザイナーのふりをした学者を名乗る小倉ヒラク氏。

著者のアサダ氏を含め、本書で紹介される魅力的な人たちは、「銀行員です」「建築家です」「クリエイターです」「アーティストです」「福祉活動をしています」「NPO活動をしています」と紹介された時に、暴力的に切り取られてしまう領域、マージナルな領域で活動しています。そのため、彼らの活動を簡単に紹介することもできません。本書のように、それぞれの活動の本質や問題意識を背景にふまえ、時系列で丁寧に紐解いていくことで、徐々に、それぞれの人の活動の意義や人となりが見えてきます。

みうらじゅん氏の本の紹介でも述べましたが、これからは「仕事を創りだす」能力が求められると思いますし、さらにいえば、「専門性を越境する」活動が求められる時代になってきていると思います。

たしか、『クリエイティブ・クラスの世紀』にも同様のことが書かれていたような気がするのですが、あまり覚えていないので、また読みなおしてみたいと思いますが、「科学者でありながら音楽家でもある」、「役者でありながら建築家でもある」といった複数のジャンルにまたがる人間だからこそ、既存のカテゴリーに対して、異人(マージナル・マン)としてイノベーションにつながる大胆な活動ができるということです。

あまりにも早くコモディティ化が起きるのと、成熟社会化で既存の活動からは新鮮な意見やアイデアが出てこないので、今、どこの企業も他社や他業界とのコラボレーションに突破口を見いだそうとしています。

しかし、本書にもあるように、そもそも「仕事とは何か?」「働くとは何か?」「会社とは何か?」「ものを売るためにはものを作り続けることが果たしてよいことなのか?」という根本が問われる時代になっている気がします。

安寧な〈常識〉に浸かっている私たちが、ふとしたときに気がついてしまう違和感。それは私たちの心の中に、それまで見えていなかった境界(intangibleな境界)を浮かび上がらせ、私たちに新たな世界観を提示する。インタンジブルとは、触れることのできない、実体のない、つかみどころがなく不可解な、といった意味だが、まさに私たちはその触れることのできない境界をtangible(実体的、感知できる)なものとして見出してしまうのである。見えない境界を見出すこと、居心地の悪さを持てること、それが私たちの〈境界知〉の源泉なのである。(瀬名秀明他『境界知のダイナミズム』p.12-13)

 
今後、企業の寿命もどんどん短くなっていくと思いますが、今はインターネットがあるので個人がさまざまな形で活躍するインフラも整ってきていると思います。本書で紹介されているような新しい時代の活躍をする人たちが〈境界知〉を活用して新しい時代の常識を作り上げていくんでしょうね。

21世紀の仕事のありかたを考えるうえでオススメの一冊です。

世の中に存在しない仕事をどうやって作り出すのか【本の紹介001】『「ない仕事」の作り方』みうらじゅん

※ネタバレ注意

「ない仕事」の作り方

「ない仕事」の作り方

 

 
【概要】
みうらじゅん氏によるプロデュース論。
マイブーム、ゆるキャラ、見仏記、映画『アイデン&ティティ』、『色即ぜねれーしょん』の原作、など数々の活動で知られ、イラストレーター、漫画家、作曲家、DJ、エッセイスト、小説家、ミュージシャン、評論家、ラジオDJ、編集長、ライター、解説者、、、とマルチな才能で伝説的なサブカルチャーコンテンツを生み出してきたみうらじゅん氏の仕事に通底する仕事術。

みうらじゅん氏の仕事の大半は今まで世の中に存在しなかったものである。
氏は常に己の仕事を生み出すためにジャンル自体を作り上げることで唯一無二のポジションを築きあげてきた。そもそも世の中にない仕事を生み出すにはどうしたらよいのか。ネーミングから広報、イベント、営業、ブームの起こし方から接待の方法まで、みうら氏が「一人電通」と呼ぶセルフプロデュースの方法が具体的なノウハウとともに綴られる。

【こんな人にオススメ】
起業を考えている人/プロデューサーになりたい人/クリエイターの人/企画の仕事をしている人(したい人)/広報の仕事をしている人(したい人)/サブカルチャーが好きな人 など

【感想】

面白かったです。

一見、バラバラで支離滅裂(?)のように見える、みうらじゅん氏の仕事にも、その底には極めて戦略的かつ地道な努力の積み重ねが横たわっていることがよくわかります。

本書は『ゆるキャラ』を例に、どのように、一人の人間の(風変わりな?)感性が2兆円産業と呼ばれるほどのムーブメントに変化していくのかが具体的に書かれていて、それだけでも、ひとつの起業論やマーケティング論(というよりマーケティングノウハウ)として読めるのですが、一番、感銘を受けたのが「自分洗脳と収集」というくだり。


私だって「今、ゆるキャラが面白いよ」と一言言ってそれがブームになるのであれば、それに越したことはありません。しかし当然ですが、その程度では人は興味を持ってくれません。

人に興味を持ってもらうためには、まず自分が、「絶対にゆるキャラのブームがくる」 と強く思い込まなければなりません。「これだけ面白いものが、流行らないわけがない」と、自分を洗脳していくのです。

他人を洗脳するのも難しいですが、自分を洗脳するのはもっと難しいものです。なぜなら相手は手の内をいちばんよく知っている「自分」だからです。

そこで必要になってくるのが、無駄な努力です。興味の対象となるものを、大量に集め始めます。好きだから買うのではなく、買って圧倒的な量が集まってきたから好きになるという戦略です。

 
あの、サブカル界の重鎮である、みうらじゅん氏ですら、一言言っただけでブームが起きることはないと断言するところからブームを起こすということがどれほど難しいことかよくわかりますが、さらに、あの、みうら氏ですら、己を戦略的に騙すという方法論を取っていたのかというところがまさに目からウロコが出る点でした。

傍から見ると、みうら氏が己の感性を信じ、自分が好きなもの・面白いと思ったものをとことん突き詰め(=マイブームを作り出す)その価値を世の中に発信し続けているというところまでは想像がつきますが、そんな、みうらじゅん氏でも、時に「ほんとうにゆるキャラブームがくるんだろうか」という疑念に負けそうになる。

そんなときに、大量にモノを集めることで逆に自分を洗脳する。

この発想には驚きました。まさに、自分ハックです。

さらに、みうら氏は、自分の感性が世の中に受け入れられないかもしれないという不安に対し、「そこがいいんじゃない!」という呪文を唱えることで己を鼓舞すると書いています。

これは、新しいことをしようとするすべての人を勇気づけるメッセージに思えます。

人はよくわからないものに対して、すぐに「つまらない」と反応しがちです。しかしそれでは「普通」じゃないですか。「ない仕事」を世に送り出すには、「普通」では成立しません。「つまらないかもな」と思ったら「つま……」くらいのタイミングで、「そこがいいんじゃない!」と全肯定し、「普通」な自分を否定していく。そうすることで、より面白く感じられ、自信が湧いてくるのです。

 
この本が今日的な意味を持っていると感じるのは、これからは、みうら氏のように「ない仕事」を作り出していくことがますます求められる世の中になると思うからです。成熟社会においては、すでに存在するものはものすごい勢いでコモディティ化していきます。マーケティング用語ではいかにブルーオーシャンを開拓するかということになるのでしょうが、本書がとてもよいのは、なんだかんだ一番大事なのは「愛をもって広めようとする個人の力だよ」と言っているように聞こえるからです。

いまは、インターネットがあるので、どんな仕事でも自分で名乗り続ければ仕事として成立するインフラが整っています。企業が発信するありきたりなメッセージより、愛をもった個人が発信する偏執的なメッセージのほうが世の中に広まりやすい時代も来ていると思います。

ただ、新しいことはなかなか世の中に広まっていきません。
まず、そもそもそれが一体、なんなのかを認知してもらうまでが大変だと思います。

そんな中、本書は、個人が世界と戦っていくための大きな方法論を提示しているのではないでしょうか。

みうら氏のように、「愛」をもって、新たな仕事を作り出していく人たちがどんどん世の中に出て行く人が増えれば、世の中もどんどん面白くなっていくように思います。

個人の時代を生き抜くためにオススメの仕事術の本です。

おっさんぽいものをおねえさんぽくすると流行する

マーケティング用語でなんと呼ばれているのかわかりませんが、わたしが勝手に考えている法則で「おっさんぽいものをおねえさんぽくすると流行する」というものがあります。


たとえば、長靴。


長靴なんて長いあいだ、作業用のものしかなく工事現場のおっちゃん用というイメージがありましたが、それがいつのまにかレインブーツなんていうかっこいい名前のカラフルなものが登場して一気に若い女性の方にも人気になりましたね。

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出典:http://cdn.thumb.shop-list.com/



キャリーバッグもそうですね。ビジネスマンが出張で使うイメージを脱して女性用のオシャレなものを出すことで日常的に使う人が増えた気がします。

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出典:http://www.jewelnarose.jp/



あるいは、神社巡り。最近は、かわいい御朱印帳がどんどん出てきていて、かわいいLINEスタンプを集める感覚で御朱印集めをする若い女性の方が増えているようです。

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出典:http://www.goshuincho.com/



売れているのかどうかわかりませんが、ふんどしをおしゃれにした「しゃれふん」なんてものもあります。

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出典:http://sharefun.jp/



ヨガなんかも今ではすっかり若い女性向けのスポーティなイメージがついていますが、もともとは、宗教的なイメージしかありませんでしたからね。

あと、『おそ松さん』なんかもみごとに腐ったお姉さんたちを虜にしてしまいましたね。


若い人が来なくて困っているというお店や売上を拡大したいという商品をお持ちの方は若い人向けにとびきりオシャレにすれば新しいお客さんが獲得できるかもしれません。



それから、「おっさんぽいものをおにいさんぽくして流行している」ものもあります。

日本では、まだそれほど浸透していないように思えますが、オシャレ理髪店ですね。
海外では大人気とのことです。

若い人がかなり、美容院へ流れている今、理髪店に目を向けることで差別化を図っています。

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出典・参考:COLD CUT'S BARBERSHOP―― NYからの伝道師 - asobist.com





サードウェーブコーヒーなんてものもあります。
これは、日本でいうと、いわゆる純喫茶に近い業態ですね。
純喫茶なんて年寄りばかりがいくイメージがありますが、
日本の純喫茶をAppleStore風にするとブルーボトルコーヒーになります。

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出典:http://www.archdaily.com/618375/blue-bottle-coffee-aoyama-cafe-schemata-architects



と考えていくと、おっさんぽいものを見つけておねえさん/おにいさんぽくすると新たなビジネスチャンスが生まれるわけですね。


おっさんぽいもの、、、、なんだろう。



『立ち食いそば』

駅や町中の立ち食いそばは、ダサくて女性が入りづらいようなお店ばかりですね。
おっさんばかりだと若いおねえさんたちも入りづらいでしょうし。

と、検索してみると女性向けの立ち食いそば屋さん、ちらほらあるようですね。

ネオ立ち蕎麦なんて言われているようです。

参考:

locari.jp


『俺のフレンチ』『俺のイタリアン』で有名な『俺の株式会社』さんなどがこのネオ立ち蕎麦業態を手がけているようです。さすが坂本社長。ブックオフを生み出しただけあって、業界の穴に目をつけるのが上手ですね。



おっさんぽいもの、、、、


『演歌』


演歌をマッシュアップしてremixしてダブステップでヒップホップしたらどうだろう。


D FRIS -I.CHI.RO-Remix- 鳥羽一郎 兄弟船 HIP HOP -Remix-

 


Saburo Kitajima - Yosaku (charlot's remix)



いくつかありましたね。いいですね。
でも、数は、あまりありませんね。
吉幾三remixはたくさんあるんですけどね。


おっさんぽいもの、、、


『ゲートボール』


ゲートボールはおじいさん・おばあさん向けのものですが、最近は若いプレイヤーも増えているようです。でも、もっと大ヒットさせるのであればルール変えないといけないでしょうね。

たとえば、エクストリームスポーツにするとか。



『エクストリーム・ゲートボール』

 


かっこよくなりましたね。

ボールを打つ時に必ずバク転するとか。

ボール打つとキュインキュインて音がするとか

5回に1回、ボールが爆発するとか。

GoProでボールにカメラつけて実況するとか。

楽しそうですねー。


ぜひどなたかやってみてほしいものです。

 


と、まあ、見てきましたけど、人間なんてそれほど変化するものではありませんから、
ちょっとしたアレンジで大ヒットするものもたくさんありますよね。


おっさんぽいものをおねえさん/おにいさんぽくして流行した例とか、こんなのあれば面白いというものがあればぜひ教えてください。

 

初代iMacと中国の思い出の話

若い方にとってAppleの製品というとシルバーでメタリックな洗練された製品群というイメージがあるかもしれませんが、昔々、iMacがとてもカラフルな時代がありました。

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初代iMacは1998年に登場し、2002年にiMacG4が出るまでカラーバリエーションを増やしこのデザインが続きました。

当時のAppleといえば、今のような勢いはなく、まだ一部のAppleファンかグラフィックデザイナーやDTPデザイナーが使う機種というイメージでした。

この初代iMacAppleを追われたスティーブ・ジョブスApple復帰第一弾として誕生させたものです。

今となっては、あまり考えられませんが、当時はApple製品も、まだ、よくフリーズする。業務用では使いづらいという印象の製品でした。

このiMacはかなり大きなインパクトを持って市場に受け入れられました。OSが頻繁にフリーズするのは、2004年のMacOSXの発売まで続くことになるのですが、なにより、これほど大胆なデザインを製品として世の中に登場させたところに、スティーブ・ジョブズの理念とそれを形にする求心力を感じた人が多かったのだと思います。

ちょうど、iMacが世界に驚きを与えていた2000年当時、1年間だけ中国に住んでいたことがありました。

まだインターネットが登場して間もない頃です。世の中はまだYahoo全盛期でした。Googleは登場していましたが、FacebookTwitterもありません。mixiですらまだなかった頃です。

中国の町を歩いていると、どこから見ても、このiMacにそっくりなデザインの機種が数多く、堂々と売られていました。

あまりにも堂々と売られているので、最初は中国でもやっぱりiMacが人気なんだと思っていたのですが、よくよく見てみると似ているのは外見だけで、中ではWindowsが動いていたり、Linuxが動いていたりしました(笑)

あれほど斬新なデザインを製品化したスティーブ・ジョブズもすごいけど、その製品をこれほど堂々とパクる中国の企業もすごいし、それを許す中国という国もすごいなと、何に関心しているのかよくわかりませんが、えもいわれぬ衝撃を受けました。そして、法律やルールを無視してでも発展していこうとする中国のパワーを感じました。

おそらく多くの中国の人たちはそれがAppleのパクリだということなどつゆとも知らずに来るべきインターネット社会の到来を肌で感じながら、そのポップでカラフルなパソコンを購入していたのだと思います。


その中国のパソコンメーカーは「連想」という名前のメーカーでした。
中国語で読むとLianxiang(リエンシャン)英語読みはLegendです。
連想という言葉は、日本語でも読めますし、響きが似ているので英語だとLegend。面白いなと思っていました。

2004年、このパソコンメーカーは、IBMからPC部門を買収します。

そして、名前をLegendからLenovoに変更します。そう、あのレノボです。

2014年、レノボは世界最大のPCメーカーとなります。
スマートフォンについても、中国国内でSumsongに次ぐ2位の販売シェア。
そして、2014年、Lenovoモトローラから携帯電話端末事業を買収し、北米市場に参入を試みています。今となっては、あのiMacのパクリ機種のことなど誰も覚えていないでしょう。

この話には特にオチはありません。
中国のパクリはけしからんというのは簡単ですが、2000年代当初の中国の高度経済成長の熱気を考えると、高度経済成長期の日本もやっぱりこんな感じだったのかもしれないなと思います。

今、日本で同じことをすると批判の嵐でしょうし、インターネットがこれほど発達した今、中国でももはや同じことはできないかもしれません。

そして、スティーブ・ジョブズ亡き今、Appleも革新的なプロダクトを出すことが少なくなりました。

日本の企業も経済が成熟し、もはやスペックや価格では勝負できなくなり、革新的なプロダクトを出すことが求められていますが、その移行ができずにどこのメーカーも苦しんでいるように見えます。

中国では、Xiami(小米)という新たなスマートフォンメーカーが急成長し、後発ながら、Lenovoを追い越し、SumsongとAppleを驚かせようとしています。

2014年にXiami(小米)はMidea(美的)という中国の大手家電メーカーに240億円を出資します。

2016年に東芝は白物家電事業をMideaに売却を検討していると報道されました。

XiaomiもMideaも日本ではまだあまり知られていませんが、そのうち、日本でもどんどん存在感を増すでしょう。

そして、XiaomiもMideaもAppleにならい、革新的なデザインを元に世界中でヒット商品を次々と生み出すことになるかもしれません。

そして、その傍ら、まだ誰も知らないベトナムミャンマーの片田舎で売られている、どうみても、XiaomiやMideaのパクリにしか見えない製品を作っているメーカーが5年後に中国メーカーのスマートフォン端末事業を買収することになるのかもしれません。

あるいは、次の大企業は、アフリカの片田舎で、今、生まれようとしているところなのかもしれません。

AppleのiPhoneSEの発表で特に目新しい要素がなかったことから、なんとなく、思いついて書いてみました。

オチがなくてすいません(笑)

話が苦手な人でも相手を感動させられるかもという話

今日は、話が苦手な人でも相手を感動させられるかもしれないと感じたできごとについて書きたいと思います。




数年前の話。

その日、深夜まで仕事をしていた私は終電を逃してしまい自宅に帰るのに仕方なくタクシーに乗りこみました。

自宅まで約1時間。財布に痛いことこの上ないのですが、仕方ありません。

その日は会社に泊まるわけにもいかずタクシー帰りです。

疲れているとそのまま寝てしまうのですが、眠たくない時はタクシーの運転手さんに話しかけます。

タクシー業界と飲食業界は景気が最後に回ってくるなんて言いますが、タクシーの運転手さんに聞くと世の中の景気が本当によくなっているのかどうかよくわかります。

アベノミクスなんて言っているけど、本当に景気回復していますか運転手さん、と。

ここ何年も景気が回復していますね、なんて言葉は耳にしたことがないので、新聞で何が書かれていても、ああ、やっぱり景気回復していないんだなと思うのですが、まあ、こういう時にめちゃくちゃ儲かってますね、なんていう人も少ないでしょうから、でも小泉改革の時のタクシーの規制緩和した頃に比べると多少は回復したんじゃないじゃないですか。なんて知ったような口をきいてみたりします。

(あと、ロング増えてますか?なんてまた知ったかぶりすると、お客さんよく知ってるねえ、なんて言われます。ロング=タクシー業界の用語で1万円以上のお客さんのこと)

タクシーの運転手さんと話すときに、面白いのがこの景気の話と運転手さんの昔の話。

タクシーの運転手さんは、昔からずっとやっていらっしゃる方もいますが、異業種から転職されてくる方も多いです。
中小企業で社長さんやっていた方なんて人も結構います。

いやあ、アパレル関係の会社経営してたんですが、バブルの時にやられちゃってねえ

昔はね、部品工場に勤めてたんですが、系列の再編で工場なくなっちゃってねえ

決して景気の良い話ではないのですが、昔の話を聞いていると、自分の知らない世界や業界のことが結構聞けたりして勉強になります。

え、本当ですか。

その時、どうしたんですか。

やっぱり、大変だったんですよね。


もっぱら口下手な私は年下という立場も利用して、そうやって色々と話を掘り下げていきます。

運転手さんの中には、昔の話をしたくない方もいらっしゃるでしょうが、こちらがふむふむ、ふむふむと聞いていると色々と話してくれる方も結構います。中小企業の社長さんやっていた方なんかは親方大将ですから、自分の業界以外の知識も幅広く持っている方も多いです。ふだん、お客さんの話を聞くほうが多い人なんかは喜んで話してくれます。

自分から話すのが苦手な方は少しリアクションを大きくしてみるといいかもしれません。

えー、そうなんですか。(ややオーバーアクションで)

本当ですか。(やや大げさに)

明らかにわざとらしい言い方はよくないと思いますが、多少、うまく、相槌を合わせていると運転手さんも次第に気分がよくなってどんどん話をしてくれるようになります。

営業用語だとラポールというのでしょうが、とにかくふむふむ、ふむふむと相手に合わせていきます。


その日も同じように色々と運転手さんに相槌を合わせて色々と聞き出していました。

話は経済の話から政治の話へ。

生きた教科書とはまさにこのことで、その日もプラザ合意のことからバブル崩壊のこと、行政改革のこと、、、と話があちらこちらと飛びながらも盛り上がっていきました。新聞読んでもなかなか入ってこない話でも具体的な話が入るととたんに身近に感じられます。

そして、最終的には、なんだかんだやっぱり田中角栄みたいな政治家がいないと日本はダメだなという結論に達したところで自宅につきました。

結局、99%くらい運転手さんが喋ってたなぁと思いながら、ああ、今日も勉強になったと半分寝ている頭でお勘定を済ませたところ、最後にタクシーを降りるタイミングで運転手さんからこう言われました。


にいちゃん、今日は楽しかったよ。
面白い話を聞かせてくれてありがとう。
にいちゃんみたいな若い人が日本を背負っていってくれよな。



私は、相槌打っていただけなのに、「話を聞かせてくれてありがとう」と言われたのです。

そうか、人間は案外、自分が話すのか相手が話すのか気にしていないのかもしれないなと思いながら自宅に帰って寝ました。


普段、人は、色々な人とコミュニケーションを取っているように見えますが、真摯に人の話を聞くような場面というのは以外に少ないのかもしれませんね。そんな時、ふむふむ作戦とやや大げさなリアクションを続けていると、やがて相手の気分が盛り上がってきて、最後には、まるでその話を相手がしてくれたような気分にすらなるのかもしれません。

人間は自分が聞きたい話しか実は聞いていないのではないのかなんてこともよく言われますが、このタクシーの一件のように、実は一言も中身のある話をしなくても相手を感動させられることがあるんだなと思った一日でした。


自分は話すのが苦手だという方は、ふむふむ作戦と大げさなリアクションを意識するといいかもしれませんね。

では。